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銀杏に雨漏る木曜日


 おげんさんといっしょを見ながら書いています。いいばんぐみ  一昨年、such a good place to die の制作期間に、小野ハナの手の進み具合をネット上にご報告する「制作記録」の更新を、毎週木曜日にやっておりましたが、such a good place to die が完成して以降、更新が止まっておりました。

 ネタ切れ、というほど暇だったわけじゃないのですが、お仕事の案件だと公開まで情報出したくないものもたまにあったり、あと昨年に取り掛かっていた作品は「あいたたぼっち」という物語作品で、物語作品の話の展開が公開前に漏れてしまうのちょっとはいかんなと、思いとどまっていました。そしたらあっという間に2017年。

 制作記録は、地味な作業が多くて気配が消えかけてしまうようなアニメーション案件の進行の最中は生存報告にもなるし、あとは人のアニメーション制作の工程は人によって違うので、それを知ってもらったり情報交換の種になるのは意義があるなぁと思っていて、私のどうしてもやりたいことの一つであります。

 しばらく更新が滞っていましたが、再開します。わし生きてます!

 さて、私ただいま、抽象風景の作品を制作中です。テーマは「東京」。しかし私は岩手県出身、上京して6年目、まだ東京がなんなのか、どういうところなのか、全然知った状態じゃありません。

(あ、おげんさんが終わりました。次回も楽しみすぎ、、たかしこ〜)

 そこで、3日にロケハンに行ってきました。何か何か何かを掴もうと思って。

 行ったのは、ゲートブリッジ!


 抽象風景で私が体感したい「星の循環の時間規模」は、自然の大きな動き、いわゆる「災害」を連想させるので、最初は「津波」を手がかりに、東京都の過去の浸水域を延々とたどってみようかと思ってみたんですが、自然災害も津波ばかりではないし、じゃあと大雨での洪水やらまで視野に入れ始めたらじゃあ戦争はどうなる、とか、あんまりにもまとまる気配がない。うーんこりゃ津波だけを手がかりにして約10キロ歩くのはちょっと無鉄砲にすぎるかなと感じ、しかしだからと言って歴史を調べ尽くしてから歩くは私の性でないので、ひとまず、東京の全貌を出来るだけフラットに見ようと、海の上に行くことにしました。


 ゲートブリッジ、シンプル。いつも自分は撮る側が多くて、珍しい場所に行っても、そこでどんな風に自分は立っていたのか、記録がいつもないので、今回はある人をお誘いして撮ってもらいました。本当にありがとう川上彩穂氏。サイズ感わかる〜


 ゲートブリッジの上から見た東京。建物の高さがだいたい似てるのがわかります。生えてる。右の細っこいのがスカイツリー。中央の3つのやつはなんだろう。

 東京、平たい。平たい。

 私の地元岩手県盛岡市は、岩手山の裾野に広がった小さな山に囲まれた盆地で、「ここからここまでが盛岡」と、目で見える街です。ただただどこまでもと広がってない。まだ関東に住んでいなかった時、ただただ広がってどこまでも建物がある関東平野に、恐怖すら抱いていました。なんか、隠れる場所がないような気がしていた。盛岡は、山に包まれている感じがして、なんとなく落ち着きを感じていました。関東平野は、ひたすらにどこまでも人が住んで住んで住んでいる。地平の向こうから何か敵わない強大なものがやってきても、山に隠れることができない。ずっと人がいるし、自分もその中に居るしかない。それが怖かったです。今はもう慣れて、どこまでも建物が広がった風景も、「のどか」くらいにしか思わなくなったけども。

 私にとっての抽象風景で今回新作アニメーションを描くにあたって「東京」というテーマは一つ難点があります。それは「東京」は文化であり人の思うものであって、星の構造の一部ではないということ。

 such a good place to die で星の循環を描くことを試した際、人間中心の視点を完全に排除して、生き物の気配を排除したからこそ、地形や大気の移り変わりのシルエットや印象だけが抽出されたその姿を、人間の尺度では無生物に見える自然の姿を、あたかも呼吸する存在・星という生命活動として、捉えなおすことができたなぁと、できそうだっだなぁと、感じることができたわけですが、さてその技法をどうにか発展させられないかと今回また抽象風景で作品を作ろうと思い立ったところで、「人がそう呼ぶ東京」をど真ん中に据えることは、私にとっては「今までの抽象風景への切り口を否定する」ことなわけです。

 大学院修了から今まで、物語で人を描き、風景で抽象を描く、と綺麗に整頓しているつもりでのうのうと暮らしていた私ですが、薄々感づいてはいた「抽象風景の時に都合よく生き物の気配を消したままだった」という残していた宿題に、手をつける時がやってきました。全宇宙の中のある環境が整った星には、生命がいるわけで、星が生命だと考えるなら、人間の尺度で素直に呼ぶ「生命」を、どうして描かずに語れるのかというところです。そこで縁が回ってきた「東京」、良い機会になりそうです。



 飛行機が飛んで行く。成田の方向からやってきて、羽田へと降りていきます。地平線に見えるのは神奈川県です。どこからが神奈川なのか、どこまでが東京なのか、目ではパッとはわかりません。やっぱり「東京」は、自然からは認知できない。

 星という塊の上での東京を考えるためにと、東京の津波の到達地点を辿ろうとしていたわけですが、そもそも東京の沿岸線は、昔は違う形で違う場所に存在していたわけで、その海岸を人がせっせと埋め立てて陸地を広げていったわけですよね。このゲートブリッジのたもとも、昔は陸地ではなかった場所です。地図を変える、国の形を変える。水面より出た土地にだけ「東京」という地名がついている。それは、海の水位が大陸のある高さまで届いている状態でしかなくて、水面より下にずっと同じ地面が繋がっていて、それはある所は地球の中心に向かい、ある所は他の文化の根付く陸地につながっています。しかしいくら繋がっていても、水面の上の土地だけが「東京」です。さぁいよいよ東京が星にとっての何かではなくて表層的な「呼び名」でしかなくなってきました。人が「東京」だと思う場所が「東京」。その情報を信じられる場所が「東京」。人が「これが東京だ」と思っていないと、東京は東京でいられないんじゃないか。そういう気持ちが湧いてきます。でもおそらくこれは、東京に限ったことじゃなさそうですね。人がいなくなったら、街は街じゃなくなる。


 ゲートブリッジを降りて、今度は東京の「中」を歩いてみようと、墨田区をロックオンしてみました。墨田区は観光地としてもいろんなイメージが湧く地区ですし、文化も根深く、同時に災害に対して脆弱と言われている人口密集地です。しかもさらっと調べたところ、なんと隅田川と荒川に挟まれたその土地は昔は海だったらしく、中洲状の環境で堆積した土砂によって後々に出現した土地らしいのです。地のシルエットの変移・・・ お上りさんの私のか細い知識を頼りに、錦糸町を歩いてみました。



 早速見つけた「海抜 -0.3m」!!「海面の下の東京」だ!さっきゲートブリッジ上でもたげた東京のイメージが早速崩されました。堤を築いて人間が掘ったのか、それとも堤を築いた後に地盤が下がったのか、後者なのかしらと思いながら、海水面でも区切れない東京のシルエットを考えたら楽しくなってきちゃいました。同時にいつか起こるかもしれない災害の被害のことを思うと穏やかならんところでもあります。


 次は「川より下の歩道」です。初めて見た。公園になっていました。海の下の土地は川よりも低い、そりゃそうだ。水路も頭上にあったりするんだもんなぁ。人が作る地形はおもしろ地形ですね。

 東京のかたち、この日はざっくりと触ってざっくりとイメージを崩すことができました。あとは、一緒に歩いてくれた川上彩穂氏は東京生まれ東京育ちなこともあって、いろいろ話を聞きながら、私と東京がどういう位置関係にあったのかとかも考えられました。

 気づいたことは、私は正直、東京を全然身近に感じていないということ。住んでいたとしても、仕事で通っていたとしても、まだまだ全然東京という土地に根付いていないことがわかりました。土地に根付く。地元の盛岡での暮らしは、山と川に囲まれた中で、雨や風を感じながら、自分の位置を地形の中に想像して居ることができました。暮らしの視点からの盛岡の形、息遣いは、土地のシルエットと重なっていました。先日お仕事で縁があった宮古市田老地区も、海とともに、山を背にした暮らしがあった。でも東京は、用途と人の呼ぶ声の中にしかまだ見つけられていません。もしかしたら、東京を知っている人の多くが素直に思い浮かべる東京も、その域を出ていないのかもしれない。それは、自然の影響から切り離された、人の理想像としての東京がそうさせているのかもしれない。階段の通りに地下に潜り、地上と同じように電車に乗って、高層ビルの上でも変わらない呼吸をして通過します。その東京を、どうやって星の時間軸の中の風景としてみていくか、抽象風景アニメーションにするか、これから考えていきます。

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 さて、これから制作記録の更新を再開しますが、合わせて、エッセイ漫画も描いていってみようと思っています。タイトルは『銀杏に雨漏り(ぎんなんにあまもり)』です。私の個人プロジェクト「銀杏に雨」の、こぼれ話。制作のエピソードだけじゃなく、仕事のしかた、とんでも案件に出会った時のエピソード、映画祭の感想など、まんがの形で綴って行ってみようと思います。これは、私は作品が暗いせいか、よく作品を自己表現と思われてしまうので、それへのアンチテーゼでもあり、日記でもあり、またアニメーション作家というあまりメジャーじゃない生き方を自分で客観視して、面白がってみようという志です。更新日は木曜日、もしかしたら不定期になるかもしれませんが、書きたいものはいっぱいあるので、おもむくままに描いてみます。良かったら見に来てください。


 木曜更新再開第一弾、結局深夜になってしまった!もうちょっとコンパクトに構成しなきゃですね。反省。どうか今後ともお付き合いください。


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