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ちょっとずれる


先日発表があり、

芸術文化振興基金に、私の新作の案が採択されました。

以前「such a good place to die」で利用した助成金制度です。

such a good place to die には、

いくつかの映画祭に連れて行ってもらいました。

コンペという形も少しですがあったけれど、

企画展など、一度きりのコンセプトのプログラムに

いくつか入れていただけたことは喜びでした。

次の新作も、色々な場所で色々な人に触れてもらえるように、

そしたらその人の世界が少し変わることがあるように、

完成目指したいと思います。

それと、映像作家100人 2018 に選出していただきました。

今年から雑誌としてではなく、webを主媒体として

会員制映像アーカイブになったようです。

(ログインしなくても選出作家とその作品一覧は見ることができます)

映像作家100人は、てっきり

カルチャーや最先端技術に感度が高い業界の人や若者の世界にあって、

なんというか、簡単に形容するなら、

渋谷や六本木が似合うような活動をしている人や、

最前線の映像制作会社にお勤めのディレクターさんなどが

選出されるものだと思っていました。

私の活動はそれとはちょっと違うのかな、と思っていたので、

今年の選出には驚きましたが、

違った毛色の自分も入れて頂けて嬉しく思います。

ところで、

私は小さいころから、球技が苦手でした。

球技とひとことで言っても、

「ボールを一回掴まなきゃいけない球技」が苦手です。

「当てて跳ね返す球技」はだいじょうぶです。

中学はバレー部でしたし、卓球もバドミントンも好きです。

先日、スポーツ全般は割と苦手意識もなく大好き、という人と

ひょんなことからスポーツの話題になり、

「掴まなきゃいけない球技がダメなんですよ、」

と話しました。

「ボールの位置や角度とかスピードとか、

 掴み方とか掴む時の指の位置や体の形を考えている一瞬の間に、

 もうそこにはボールが無くなってるんです」

そう言ったら、

「おぉ、哲学的だねぇ」

と言われました。そうか、哲学の窓を開いていたのか。

そのかたは、

「自分はそんなこと考えずに、何気なく出来ていたからなぁ。」

と仰っており、

あぁ、身体を動かす時に、毎回図解などしないのだなぁ。

と新鮮な気持ちに。

じゃあなんで「当てて跳ね返す球技」は大丈夫なんだろう。

軌道は一瞬の判断で決めなくても見えるし、

持ち手の形を毎回思いつかなくても大丈夫だからだろうか。

多分、「掴む競技」も、

一回構造を理解したら、

作画はできると思うんですよ。

自分の体でプレーはできないと思うけど。

その作画の身体は誰なんだろうね…


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